ハチクロ

「さいご、きっと泣いちゃうよ。」
と言われてたんですが、やっぱり…。(感激屋なんですよー。)

羽海野チカさんのコミック『ハチミツとクローバー』、アニメや映画やドラマにもなったので、知っている人は多いことかと思います。

作中人物に自分の心情を重ねて小説やマンガを読むことは近年無かったのですが、そんな懐かしい読み方を久しぶりにしました。

まずは、山田さんの一途な片思い。それから、真山くんのストーカー性。そして花本先生のはぐちゃんへ向かう想い。人間模様がおもしろい作品ですね。

 リンク 集英社 コミックス試し読み
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by chinchudo | 2008-03-25 11:48 | ●書籍紹介

『直筆で読む「坊っちやん」』は、 夏目漱石「坊っちゃん」の直筆原稿全文が、縮小カラー写真で読めるものです。漱石ファンなので、さっそく買いました。
 
「坊っちゃん」という小説を読むのならば、通常の活字本がよいと思います。そのほうが、内容が断然頭に入ってきて、話そのものを楽しめると思うからです。

けれど、漱石がどんな文字や文章を書いていたかに興味があるならば、この本はおすすめです。活字になったものとは違うおもしろさがあります。

漱石は、「変体仮名」も交えた文章を書く人でした。ひらがなの「た」や「か」などをみると、それがわかります。

漱石は、習字の素養が相当あります。すっと立った行や、所々にみえる行草の漢字などからそれがうかがえます。

「坊っちゃん」を読んでたのしい。字を視て二倍たのしい。(いまゆっくり読む時間が私にはないのがちょっと残念なのだ。)

ということで、秋の夜長におすすめの一冊です。

 リンク 直筆で読む『坊ちゃん』(集英社)
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by chinchudo | 2007-10-26 20:57 | ●書籍紹介

『詩への道しるべ』

柴田翔氏 『詩への道しるべ』 (ちくまプリマー新書)は、日本語の詩(※)を、作者もさまざまに四十余り取り上げて、「詩」をどのように読んだらよいかを考えています。
 優れた詩であればあるほど、そこに潜む〈深さ、広さ〉は、さまざまな読み方を許します。あるいは、さまざまな読み方を重ねてみないと、その〈深さ、広さ〉は汲み尽くせない。しかし、その読み方の中へいま読んでいる詩と無関係なもの、そのことばのなかにないもの、特に〈自分の我意〉を持ち込んではいけない。
 それを〈主体的な読み方〉、〈自分の独自性〉などと思い誤ってはいけない。
この言葉は、詩の読み方について示唆をあたえてくれます。詩を読む者に、なにかしらの決意を迫るようなきびしさが感じられる言葉だと思います。しかし、すがすがしい。

「第二部 日々を生きつつ--さまざまな詩」では、いろいろな立場から家族を、そして社会を見つめた詩が並べられています。家族を詠んだ詩では、娘の立場から、母の立場から、父の立場から、妻あるいは夫の立場から見たそれぞれの家族像が紹介されます。著者の選ぶ詩は、どれも興味深く、このような詩をよく選んだものだなあと感心してしまいます。特に、娘から見た家族というのはなかなかおもしろい面があります。息子の立場から見た詩もあれば、また違ったおもしろさがあったかもしれないと感じました。

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※外国の作者の詩もありますが、基本的には訳詩されたものを、日本語として読むコンセプトと理解しました。

P.S. Tさん、「ブログの記事にします」とお約束してからずいぶん経ってしまいました。ごめんなさ~い。個々の詩についての感想は書けませんでしたけれど、すきな詩をひとつあげるなら、黒田三郎の「夕方の三十分」です。
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by chinchudo | 2007-01-31 22:58 | ●書籍紹介

論文やレポートの書き方の本は、世の中にたくさんあります。

なかでも近年の特徴は、「テーマをどのように絞るか」にページを割いた本が多いことです。どのような形式や文体で論述するかは、もちろん大切なことです。しかし、テーマ設定こそはできあがりに大きな影響を与えるうえ、慣れない者にとっては大変なことであり、しかもある程度アドバイスが可能だと認識されるようになったからでしょう。

今おすすめの一冊は、戸田山和久氏 『論文の教室 :レポートから卒論まで』 (NHKBooks 2002) です。

この本は、「ヘタ夫くん」と「先生」の会話形式と、「先生」の独白で話が進みます。実は私はこのような文体があまり好みではありません。会話を愉快に進ませるためのジョークなどが、むしろまどろっこしく、要点をつかむのに時間がかかるからです。けれどこの本は、会話形式が成功していると思います。

一般に論文・レポートの書き方の本はどうしても、「こうしなければならない」と「こうしてはならない」のオンパレードになります。それらを読み進めるうちに、きまりごとばかりだなあと、たまわる教えの多さにため息が出そうになるのです。

ところが 『論文の教室 』 は会話形式をとることで、その二つの「ならない」を薄めています。「先生」と「ヘタ夫くん」、つまり教える立場と学ぶ立場を行き来しながら読むことで、一方的に教えを受けるだけでなく、自分でも対案を考えることができます。

と、表現面ばかりを評してしまいましたが、具体的な例を考えながら進む内容は、おもしろくてためになります。百聞は一見に如かず、です!

 I キミは論文って何かを知っているか
  第1章 論文の宿題が出ちゃった!
  第2章 論文には「問いと主張と論証」が必要だ
  第3章 論文にはダンドリも必要だ
  第4章 論文とは「型にはまった」文章である
 II 論文の種を蒔こう
  第5章 論文の種としてのアウトライン
  第6章 論証のテクニック
 III 論文を育てる
  第7章 「パラグラフ・ライティング」という考え方
  第8章 わかりやすい文章を書くために
  第9章 最後の仕上げ


☆おまけ 論文・レポート関係のおすすめ本(順不同)

『学術論文の技法[新訂版]』 斉藤孝氏, 西岡達裕氏 日本エディタースクール出版部 2005
 1977年以来の内容に、パソコンやインターネットなど現在の記述を加えた。その内容は、今もまったく古くなっていない。

『レポートの組み立て方』 木下是雄氏 筑摩書房 1990
 『理科系の作文技術』とともにロングセラーである。「事実と意見」の区別をはっきりさせることを、この本から学んだ。

『勝つための論文の書き方』 鹿島茂氏 文春新書 2003
 「問題の立て方」で、論がおもしろくなるかどうかが決まると言い、総頁の約3分の1を費やしている。著者は、丸谷才一『思考のレッスン』のうしろに「解説」を書いており、この「解説」で論文の書き方をコンパクトに述べている。

『ぎりぎり合格への論文マニュアル』 山内志朗氏 平凡社新書 2001
 読めばよむほどおもしろい。

『大学生のためのレポート・論文術』 小笠原喜康氏 講談社 2002
 簡潔で明快。何冊も読む時間(気力?)がないという人に、おすすめの一冊。 同氏の『 論文の書き方 』も役に立つ。
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by chinchudo | 2007-01-27 22:00 | ●書籍紹介

日頃使っている日本語や漢字が、どのような過程を経て今のように使われているのだろうかと、ふと疑問に思ったことはありませんか? そんな疑問に答えてくれる2冊です。

まず、山口仲美氏 『日本語の歴史』 (岩波書店サイト)は、漢字を取り入れはじめた時代から現在にいたるまでの、日本語の変遷を語った著作です。特に「話し言葉」と「書き言葉」の関係に着目して述べています。古典を学ぶと必ず出てくる 「係結び」 とは何かなど、なるほど!と思うことがたくさんありました。※1

他方、大島正二氏 『漢字伝来』 (岩波書店サイト)は、中国から朝鮮を経て伝わった漢字が、どのように日本語化されていったのか、片仮名・平仮名が登場する前までの時代のことを書いてます。個人的には「補章 日本漢字音と中国原音の関係を知るために」が勉強になりました。

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※1 山口仲美氏の著では、『中国の蝉は何と鳴く?』や『犬は「びよ」と鳴いていた』もおもしろいです。
  ホームページ: 山口仲美の言葉&古典文学の探検
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by chinchudo | 2006-09-19 16:09 | ●書籍紹介

『枕中記・李娃伝・鶯鶯伝他』 は、昨年より配本が始まった 「中国古典小説選」(全12巻予定 明治書院)の一冊です。従来からある似た系統の本には 「新釈漢文大系」 があります。

中国古典小説選の特徴は、訳文が目立つようになっていることです。網掛けされているので、その部分だけを追ってゆけば、日本語でストーリーを楽しめるというわけです。もちろん、原文や書き下し文、語注も載っていますので、併せて読むことができます。

中国古典の書籍が出されるときに、原文、書き下し、訳文、語釈(or語釈、訳文)の順番で並ぶのは一般的です。しかし、このシリーズは、訳文、原文、書き下し、語釈というように、訳文が一番に来ています。こんなところにも、日本語訳を重視した編集方針がでていると感じますし、実際のところ読み物としても楽しい仕上がりになっていると思います。それだけでなく、各作品に解説がついていて、理解を深めることができます。

この第5巻には、二十一の作品が収録されています。おすすめは、「枕中記」です。べたですねぇ。^^;  

個人で持つにはあまり気軽に買うような価格でないのが残念ですが、公共図書館などに広く普及してほしいです。
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by chinchudo | 2006-09-07 14:09 | ●書籍紹介

(中学入試に物語が採用されることについての言説)
評論を解くのに抽象的な思考が要求されることは言うまでもない。…だが、評論を読み設問を解く行為は抽象的な思考の内部で行われるにすぎない。評論の言葉と解答の言葉との間には、本質的な違いがないのである。
 一方、物語の場合は、現実らしくみせた表現を(入試に出題されるのはほとんどがリアリズム小説だ)抽象的な言葉に「翻訳」しなければ解答が出来ないのだ。物語の言葉と解答の言葉との間に、本質的な違いがあるからである。つまり、抽象化する能力が試される。このことは詩の解釈を考えてみればよく分かる。詩を解釈することは、一般的にはもう一つ別の詩を書いて見せることではない。詩の世界を抽象化することは、言語によって構築されたイメージを、生と死、光と闇、文化と自然といった二元論的な思考の枠組みによって自分の所属している世界のどこかに位置づけることである。つまり、抽象化とは世界の全体像を手に入れることなのである。その時、世界の中で自分の立っている位置が見えてくる。それは「自分とは何者か」という問いに答えることだといえる。したがって、抽象化する行為は、アイデンティティーの問題をも引き寄せる。
(斎藤美奈子編 『21世紀文学の創造 4 脱文学と超文学』 収録 2002年 岩波書店)
石原氏の文章を読むと、国語の物語文の設問を解くことがなぜ難しいかが理解できます。特に、選択肢問題を解くのに消去法をつかわないと正解が正解と説明できないときがある理由がよくわかります。

(さて、夏休み。塾の講習がんばりましょ。国語恐るべし。奥が深いです。)
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by chinchudo | 2006-07-19 22:33 | ●書籍紹介

『批評理論』

概説書は、ある程度理解が進んでから読むと有効な手助けをしてくれますが、入門時に読むと意外とちんぷんかんぷんになりがちです。用語の羅列を眼でたどるだけでは、抜け殻を眺めているかのようで、いまひとつおもしろさがわかりません。そんなときに、具体例を示して説明してあったならば、なるほどこういうことをいうのかと実感を伴って読めることは多いと思います。

丹治愛氏編『批評理論』の「あとがき」には次のようにあります。

本書の編集方針は、一言で言えば、批評理論を、テクストからその可能的意味を創出していく技術として定義したうえで、なんらかのテクストを用いてその技術の具体的な実演を見ていただくことでした。それは、わたしにとって批評理論とはつねにそういうものだったからです。具体的なテクストから予期しないようなおもしろい解釈を創出してくれるもの、あるいは創出してくれるのではないかと期待させるようなものだったからです。
読んでみると、この編集方針は成功していると思います。先に話題になった廣野由美子氏『批評理論入門』もそうでしたが、これも同じくおもしろく読めました。特に私にとっては、この本を読むまで、マルクス主義批評がいちばんわからなかったのですが、頭の中にぼんやりあったものがつながりそうなヒントをもらったと思います。

 目次
 第一部 読者・テクスト・作者
  第一章 読むこともまた創造である―批評理論とはなにか
  第二章 「読み手」のあなたへ―読者反応論
  第三章 テクストの無意識はどこにある―精神分析批評
  第四章 空虚な中心への旅―脱構築批評
 第2部 階級・性差・人種
  第五章 不可視の階級闘争をあぶり出せ―マルクス主義批評
  第六章 「女」はもはや存在しない?―フェミニズム批評
  第七章 悲しきシェイクスピア―ポストコロニアル批評
  第八章 つねに歴史化せよ―ニュー・ヒストリシズム
 読書案内
 あとがき
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by chinchudo | 2006-05-07 11:35 | ●書籍紹介

昨日の記事に、手で文字を書くように努めようと思うと書きました。かといって、ワープロを離れることはできないので「どうしたものか」と考えていたところ、次の文章に会いました。文字を書くこととは直接の関係はありませんが、「打つか、書くか」について興味深い見方だなあと思いますので、引用します。清水義範氏『大人のための文章教室』からです。

 ある編集者から、こういう話をきいたことがある。その人の知っている二人の執筆者(エッセイスト)が、原稿を作成するのにワープロを使っているのだそうだが、その使い方が対照的なのだそうだ。
 まず、Aという人は、下書きをワープロで打って、それを手書きで清書して入稿するという。
 次に、Bという人は、手書きで下書きを作り、それをワープロで清書して入稿するのだそうだ。
 私はそれをきいて、それはそんなに対照的な話ではないぞ、と思った。Aさんのほうがたぶん字がうまいだろうな、と思うものの、それは小さなことだ。
 その二人とも、ワープロを使うとついつい出てきてしまいがちな、ぶっきらぼうな文章、ぶしつけな文章(※)を、そのまま出さないようにと配慮してそうしているんだろうな、と思うのだ。

この本で言う文章の書き方は、1.言いたいことをハッキリさせる、2.その言いたいことが読み手に伝わるように書く、3.利口そうにみせようとすることは(とりあえず)やめる、です。清水氏独特のユーモアと文体で、おもしろくてためになる本だと思います。

  目次
 はじめに
 第一講 打つか、書くか
 第二講 とはいうものの接続詞
 第三講 長短とテンマル
 第四講 ですますであるのだ
 第五講 しゃべくり文ですの
 第六講 伝えたいこと伝わるように
 第七講 近寄ってはいけない文章
 第八講 手紙の書き方裏技表技
 第九講 実用文の書き方の裏技表技
 第十講 紀行文の書き方の裏技表技
 第十一講 随筆の書き方の裏技表技
 第十二講 文章上達のあの手この手
 あとがき

追記: 
※説明が足りなかったのですが、清水氏が、「ぶっきらぼうな文章、ぶしつけな文章」になりがちだと考える理由は、この引用文より前にでてきます。
ワープロを使うと手では書かない漢字や漢語を使いがちになる、キー操作に習熟していないせいで一文を短く切り上げたくなる、の二点です。
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by chinchudo | 2006-04-25 08:23 | ●書籍紹介

『わかったつもり』

「わかる」とは何だろうか、また、どのようにしてわかることができるのか、というのが、私の関心事のひとつです。これに関連しておもしろく読んだのが、西林克彦氏の 『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』 です。小学校の教科書などから例文をいくつもあげて、その読解を具体的に考えながら進んでゆくので、読みやすい本です。この本を読んで、文章を読む過程に、どのような要素が働いていているのかを、整理することができました。

西林氏は『わかったつもり』のなかで、文章理解の度合いについて、「わからない」「わかる」「よりわかる」という三段階の提示をしています。「わからない」とは、その文章に何が書いてあるのか理解できない状態です。「わかる」は、その文章に何が書いてあるか一応わかった状態です。この状態を著者は「わかったつもり」といい、「読む」行為の障害であると考えます。そして「よりわかる」状態を目指そうというのです。

「第4章 さまざまな『わかったつもり』 」では、「わかったつもり」を誘発する条件を考察しています。これには大きく分けて二つあります。文章自体の構成によるものと、読み手のスキーマによるものです。
この章なかで重要と思われる指摘は

  部分の読みが不充分だったり間違ったりしているので、
  間違った「わかったつもり」が成立する

というところです。つまり、私たちが文章を読む場合に、全体として何を言わんとしているかだけが印象に残り、部分部分に何が書いてあるのかを読み過ごすことが多々あるということです。

「第5章 『わかったつもり』の壊し方」では、前章を受けて、「よりわかる」状態へたどり着くための対策を考えています。
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by chinchudo | 2006-03-11 22:02 | ●書籍紹介
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